冬の日記5

2017/02/15

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もうすぐ5歳になる息子が色々と質問してくる。何でも興味がある年頃だ。彼が理解できる言葉を用いて説明をしないと、説明の説明に派生してなかなかに鍛えられる。
ナウシカ、ラピュタ、紅の豚、風たちぬ……乗り物が好きで映画を観ていても、戦争が付きまとうことに4歳児も気付く。

「ねぇ、なんで戦争すると?」
「大人たちがケンカしてるんだね。……どうやったら終わるかなぁ?」

ふと彼は宙を見上げたが、答えはすぐに。

 

「ごめんなさい」

 

そう伝えると、息子はまたおもちゃであそびだした。
そうだね、許しあうだけでいいとにね。彼の背中に返事を投げる。

冬の日記4

2017/02/15

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義父と一緒に家族で温泉に行ってきました。小浜の宿に予約したと思いきやまさかの雲仙の旅館で、雪解け道を登って辿り着きました。(我が家のツアーコンダクターーッ!)
「背中を流してくれんかな」
「はい、いいですよ」
実の父にはなかなか素直になれませんが、ちょっとは親孝行が出来たひととき。
「前も洗ってくれんかな」
「……」

子ども達は雪でも遊べて束の間の冬の思い出。
2月はもうひとつ旅が待っています。

冬の日記3

2017/02/11

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雪が降っています。読書には持ってこいの季節。注文した本が続々と家に届くのが嬉しい。(仕事もしなきゃだ)
来週末にはこんなイベントに参加させてもらいます。ちと告知。

長崎アートパーティー2017(2/18・19 KTNギャラリー)

主宰のまつをさんにお声がけいただきました。美術作家、画家、ミュージシャン、シェフ、彫刻家、漫画家、落語家などなど…参加者同士の対話だけでギャラリー内が盛り上がるカオスな組み合わせです。
年齢的にはまるで末っ子ですが、知や美を追究する各分野の先人たちに触れてきたいと思います。
今までにデザインを手がけた書籍(Books、Magazine)などを持って、路地のたたき売りよろしく本から始まる対話が出来たら幸いです。

ちなみに参加作家さんたちはまつをさん主宰の長崎インターネットラジオというサイト内で音声インタビューを受けています。僕の回もありますのでよかったらご視聴くださいね。(結構なまってるもんですなぁ)

冬の日記2

2017/02/10

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真夜中です。外は風が強くて、ゴォォッと地鳴りのような音も聞こえてきます。そばの火鉢ではパチパチと炭がはぜています。考え事をしたり、ぼーっとしたり、お茶を飲んだり……そんな眠りから醒めてしまったぽっかりとした時間です。

辻真一さんの『スローイズビューティフル』をランチ後に読みました。15年位前に書かれた本ですが、2017年の僕にすんなり届きました。いくつか残したい言葉をノートに拾って閉じたのですが、まだ頭に残っている印象的なワードをここに記しておきます。

「動くこと」と「留まること」
英語で書けば「Doing」 と 「Staying」

動くことだけじゃない、留まることを選択する力。動く・進む・拡大ばかりがまだもてはやされる今において、敢えて抑えるということ。敢えて大きくしないということ。それはまるで急流の中で立ち止まるような、とても底力が必要なことなんだよと。いうニュアンスでした。

ただ「在ること」そして「結局すべては大丈夫だということ」

と、僕は思うに至るのですが、その道程をあれこれ書き連ねようとするも、今はそう深夜……。欲張らずに結局上記のふたつに集約して終わります。寒いぞ冬ッ。

 

 

冬の日記

2017/02/09

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こんにちは。すっかり冬です。立春過ぎてからいろいろと心境の変化もあり、日記のような気持ちであれこれを書き留めておきたくなったので、ここに戻ってきました。(自分のブログだったのにほったらかし)気楽に行けたらと思ってます。
というのも、先日からSNS関連を一旦やめました。徐々に離していっていたのですが、妻が「FaceBook辞める」と言い出した事をいいことに乗っかりました。←妻は復活するみたいですが。

仕事柄どう伝えるかを考えている人間が、まずは繋がりやすい状況から離れて絶対的に集中できる環境に身を置いた訳です。なんだか矛盾しているようですが、この辺りにこれからのヒントがあると睨んでいます。

デジタルもアナログも同じで、気になる人や場所の事を思い浮かべ、能動的に動いてもらう事で、出会える価値を大事にしたいという心境です。なのでまずは自分から。
そうそう、昨日は友人が餅をつく為の石うすをゲット!
昔ながらの餅つきが楽しくて、年末各家の餅つきにみんなで参加していたら、ついに石うす様がこちらに近寄ってくれました…。

これからは「まちおこし」ではなく「もちおこし」だ!!
キーワードを連呼して悦に浸る男たちでありました。

 

つづく

 

 

立春・7年目のスタートです

2017/02/04

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2017年2月4日で、古賀正裕デザインも7年目に突入しました。
ゆるやかに、これからもご縁のある方々と仕事をしていきたいと思います。
子育てしながらなので、ペースはゆっくりな日々。
関係各位の皆様、ご理解よろしくお願いいたします。(ペコリ)

あなたはわたしじゃないわたし

2016/09/04

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前記事の終わりに「人間らしい」と結んで強引に終わらせたのが、気になっている。そこで、もっとしっくりくる表現に思いを巡らせた。すると、人間らしさっていう全体的なところじゃなくて、もっと個人個人に寄った「生き様」や「生き方」「存在」って言葉が出てきた。あなたの存在を確認すること、あなたのストーリーが知りたいということ、あなたが何を考え、何を感じているのかわかりたいと願うこと。これらは全部、自分の存在を確認すること、自分のストーリーが知りたいということ、自分が何を考え、何を感じているのかわかりたいと願うこと。そんな想いの裏返しだったのだ。そうかそうか、あなたの中にわたしを探していたのだ。軌道修正。僕は、自分のストーリーを綴ろう。

会話のレールと即興性 〜武と中田と斉藤さん〜

2016/09/04

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とある日のこと。ふと自分の携帯の履歴を見返したら、知らない番号から着信が2件も入っていた。日付は前日で時間帯は朝の9時台。誰だろう?しかも通話済み。まったく思い出せない。妻に聞いても「知らない、検索したら?」と怪訝な顔で言ってくる。調べると神戸の市外局番。病院の電話番号だ。病院、病院、病……あ、思い出した。あの時の電話だ。サイトーさんだ。

・・・・・

僕は映画を頻繁に見るほうではないけれど、それでも好きな映画監督がひとりいる。北野武だ。彼のフライデー襲撃事件後に開かれた記者会見や、故黒澤明監督との映画についての対談は、僕のお気に入りで、YouTubeで見返すことも多い。前者の記者会見は若かりし頃の北野武の頭の回転の早さ、威圧感、殺気混じりのユーモア、後者の対談は彼独特の突き詰めた日本的感性が伝わってくる。大勢の記者からの容赦ない一問一答や、世界の巨匠と向かい合っての一対一。どちらも彼の即興的なセリフ回しとその言葉に思わず聞き入ってしまう。リンクを貼っておくので時間が許す方は是非観てほしい。(点線の部分がリンクです!)

・・・・・

「はいもしもし、古賀です」威勢良く電話に出たが、返事に間が空く。「……サイトーサンデショウカ?」一瞬、何を言われたのか理解出来ない自分。「サイトーさんでしょうか?」……あぁ、間違い電話か。気を取り直して対応する。電話越しの女性(50代くらい)が気まずそうに詫びている。人柄が良さそうな言葉遣いで。ほどなくお互い電話を切る。パソコンのモニタに向かっていると、間を置かず着信音が響く。同じ番号だ。「はいもしもし、古賀です」「斉藤さんの携帯でしょうか?」

・・・・・

北野武は生死を彷徨うようなバイク事故を起こしていて、その復帰記者会見も開いている。彼の後日談が好きだ。「あれ俺、いまだに悔しがってるね。交通事故で顔がこんなんなった(顔面麻痺の)時の記者会見、あれ歩いて行っちゃったんだよ。あれは絶対、車椅子で行かなきゃいけなかったんだよ。(そして、会見が)終わって走って帰るんだ。……(中略)お笑い芸人として、一世一代の舞台をはずしたんだよ。苦笑」

・・・・・

会話のレールってあると思う。キャッチボールと言ってもいいしパス交換でも何でもいい。そのレールには予定調和な方向があって、お互いの言葉のやり取りが予測できる定番の流れのことだ。
2回目の斉藤電話(間違い電話のことね)は、「はいもしもし、古賀です」と会話の出だしを間違えた(と思っている)2回目だから関係性もできてるとして(なんの?)「あ、また間違えてますよ〜」みたいな入りをしたら、「あらぁ〜〜」とマダムも笑ってくれたかもしれない。なんでも始まりは肝心だ。ボールは蹴った方向にしか飛ばない。
北野武は人生最大のシュートチャンスを悔いる一方、僕は日常のささやかなパスミスを悔いた。

 

しかし、台本のないインタビューって、当事者の知性が思わず垣間見えて興味深い。(中田英寿のドイツW杯前のマルタ戦後の囲みとか、鬼気迫る感じで個人的に◎)知性的なひとが相手に伝わるように、感情を抑えながら(それでも溢れ出て)自分の言葉で話す様は、理性と感性が同時にあらわれるようで、「人間らしい」。今回はそんな話。
3回目の電話はかかってこない。

ゆきのうらの個人的記録 〜グランマのしょうゆ〜

2016/09/02

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(この車のうしろが、通称「しょうゆ小屋」。……屋根には愛猫マメ氏である。)

 

朝から雨音が響く一日。時折、裏庭から愉快な笑い声が聞こえる。しょうゆ作りの季節だ。僕と家族が住むゆきのうら(雪浦)では、近所のグランマたちが共同で一年分のしょうゆや味噌を仕込む風習がある。暑さが落ち着いてきたこの季節に、僕らが借りて住んでいる家の裏庭に佇む、通称「しょうゆ小屋」にグランマたちが早朝からやってきては、煮炊きをして帰っていく。そんな日が三日ほど過ぎると、裏口の戸が開いて、「(水や電気を)使わせてもらったお礼です」と透き通るような色のしょうゆや、前の年に仕込んだ味噌をお裾分けしてくれる。(元々はこのグランマの生家なので、こちらこそ住まわせて頂きありがとうございます! なのである。感謝感謝。)

 

このしょうゆ、見かけと違って強烈に……辛い。辛過ぎる。そう、しょうゆは塩だ。なめてた。なめたらしょっぱかった。うおーーーとか思わず叫んだ。
市販のしょうゆとは別次元の調味料「グランマのしょうゆ」は、我が家では薄口、濃口を飛び越えたポジションにいる。

 

(……途中、妻が思い立ったように髪を染め始め、サポートしてほしいとお願いされ中断。二人で美容師コントが始まる。予定時間をオーバーしたので、執筆終了。)

 

※記録には残らないような地域のことも、気付いたら書いておこうと思います。

答じゃなくて、知る必要のあることを知りたい

2016/09/01

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このブログはどんどん変化する自分の思考の記録として、メモのように書いてみている。昨日書いたことを今日も同じように信じている訳ではないかもしれない。文字にあらわすことで、自分の考えはそこを踏み台に次へと向かう。デッサンのように、素振りのように、ランニングのように、しばらく筆が動くままに任せてみたい。──唯一変わらないことがあるとすれば、それは「全ては変化するということ」だけ──そう誰かが言っていた。まったくその通りだと思う。

 

僕は物事を知らないことが多いから、素朴な疑問がどんどん湧いてしまう。さも知ってるように振る舞うことや、完璧主義で100%を目指すことは、やっぱりきついなぁと諦めた。自分が好きで知りたい、わかりたい世界についてだけでも、手つかずのことばかり。足りない知識を貪欲に補おうというつもりはあまり無く、すでに自分の中にあるものを磨き直したり、ひとつひとつ吟味し直したりしながら、気付かなかった視点や、必要のない囚われを外して自分を更新していきたい。少しづつしか書けないけれど解き放ってみたら、自分が案外すっきりしている。ブログを書く効能はあったようだ。

 

18歳からグラフィックデザイナーの仕事に就かせてもらって16年経った。途中、長期入院もあったり、才能ゼロだと自己嫌悪にも陥ったりで、デザインの仕事から離れていた時期が約3年。差し引いても13年をデザイナーとして過ごして来たことになる。それでも、まだまだデザインの事がわかっていないと思っているから、書籍や周囲の人に助けられながら学びを続けている。昨日は取り組んでいる書籍の仕事でどっぷりと文字組み(文字の並べ方のことです)の世界に潜り込んだ。自分の知らないことがまだこんなにあると知れて、逆に嬉しくなった。やっぱり好きだから、楽しいから、知りたくなるんだな。

 

答や意見や手段の違いで、人は時にぶつかり合うかもしれないけれど、僕はこのブログを何か答を示すようなものではなく、問いを共有するようなものにしていきたいなと思う。(どうでもいい回を挟みながらね)

 

さぁ今、あなたは何を知る必要があるだろう? 何が知りたい?