会話のレールと即興性 〜武と中田と斉藤さん〜

2016/09/04

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とある日のこと。ふと自分の携帯の履歴を見返したら、知らない番号から着信が2件も入っていた。日付は前日で時間帯は朝の9時台。誰だろう?しかも通話済み。まったく思い出せない。妻に聞いても「知らない、検索したら?」と怪訝な顔で言ってくる。調べると神戸の市外局番。病院の電話番号だ。病院、病院、病……あ、思い出した。あの時の電話だ。サイトーさんだ。

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僕は映画を頻繁に見るほうではないけれど、それでも好きな映画監督がひとりいる。北野武だ。彼のフライデー襲撃事件後に開かれた記者会見や、故黒澤明監督との映画についての対談は、僕のお気に入りで、YouTubeで見返すことも多い。前者の記者会見は若かりし頃の北野武の頭の回転の早さ、威圧感、殺気混じりのユーモア、後者の対談は彼独特の突き詰めた日本的感性が伝わってくる。大勢の記者からの容赦ない一問一答や、世界の巨匠と向かい合っての一対一。どちらも彼の即興的なセリフ回しとその言葉に思わず聞き入ってしまう。リンクを貼っておくので時間が許す方は是非観てほしい。(点線の部分がリンクです!)

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「はいもしもし、古賀です」威勢良く電話に出たが、返事に間が空く。「……サイトーサンデショウカ?」一瞬、何を言われたのか理解出来ない自分。「サイトーさんでしょうか?」……あぁ、間違い電話か。気を取り直して対応する。電話越しの女性(50代くらい)が気まずそうに詫びている。人柄が良さそうな言葉遣いで。ほどなくお互い電話を切る。パソコンのモニタに向かっていると、間を置かず着信音が響く。同じ番号だ。「はいもしもし、古賀です」「斉藤さんの携帯でしょうか?」

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北野武は生死を彷徨うようなバイク事故を起こしていて、その復帰記者会見も開いている。彼の後日談が好きだ。「あれ俺、いまだに悔しがってるね。交通事故で顔がこんなんなった(顔面麻痺の)時の記者会見、あれ歩いて行っちゃったんだよ。あれは絶対、車椅子で行かなきゃいけなかったんだよ。(そして、会見が)終わって走って帰るんだ。……(中略)お笑い芸人として、一世一代の舞台をはずしたんだよ。苦笑」

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会話のレールってあると思う。キャッチボールと言ってもいいしパス交換でも何でもいい。そのレールには予定調和な方向があって、お互いの言葉のやり取りが予測できる定番の流れのことだ。
2回目の斉藤電話(間違い電話のことね)は、「はいもしもし、古賀です」と会話の出だしを間違えた(と思っている)2回目だから関係性もできてるとして(なんの?)「あ、また間違えてますよ〜」みたいな入りをしたら、「あらぁ〜〜」とマダムも笑ってくれたかもしれない。なんでも始まりは肝心だ。ボールは蹴った方向にしか飛ばない。
北野武は人生最大のシュートチャンスを悔いる一方、僕は日常のささやかなパスミスを悔いた。

 

しかし、台本のないインタビューって、当事者の知性が思わず垣間見えて興味深い。(中田英寿のドイツW杯前のマルタ戦後の囲みとか、鬼気迫る感じで個人的に◎)知性的なひとが相手に伝わるように、感情を抑えながら(それでも溢れ出て)自分の言葉で話す様は、理性と感性が同時にあらわれるようで、「人間らしい」。今回はそんな話。
3回目の電話はかかってこない。